『好きにならずにいられない』を好きにならずにいられない

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2015年のアイスランド・デンマーク映画『好きにならずにいられない』(原題『FÚSI』)をたまたまアマプラで見た。冒頭の雰囲気で”あーこれは好きな感じのやつやな”と思って見ることにして、結果かなり好きなやつだった。

主人公フーシはハゲデブで独身の43歳。母親と暮らし、仕事は空港内での荷物の運搬。紹介がこれだけだととても冴えない感じがする。だが、この人がほんとにすごかった。ベイマックスのように優しく、無欲で、仕事はしっかりこなすし、確固たる自分の趣味・生活を持っている。朝は決まったシリアルと牛乳・エル・アラメインの戦いをジオラマで作り込み友達とも時々遊ぶ・毎週タイ料理屋でパッタイを食べる・ラジオDJと仲良く、いつも車内からヘビメタのリクエストをしてかけてもらう等。器用で、できることも多い(ジオラマ作り、車のエンジンを直す、バーナーでクレームブリュレを作る、部屋の改装をする等)。これだけ自分の生活が充実しているので、「非婚」である人、くらいに見られればいいのだが、周りはそんな彼が恋人を作らないことや恋愛経験がないことを執拗に刺激してくる。職場でいじめに遭ったり、少女と遊んであげたら犯罪者と思われたり散々の扱いを受けがちだ。常に無表情なフーシがいつも何を感じているのかは分からないが、仏のように淡々と、日々を生きていく。

そんなフーシが(母親の彼氏に勝手に申し込まれたダンス教室で)女性と出会う。彼女はおそらく躁鬱を患っており、恋人として付き合うのはかなり骨の折れる相手だ(彼女がしてほしいと言ったことをめっちゃがんばって実行してみたら、やっぱり無理なのごめんって拒まれることしばしば)。しかしそんな彼女のためにフーシはあらゆる行動を起こしていく。DJにヘビメタでない曲をお願いしたり、お茶を一度は断って帰りかけるが、引き返して「牛乳もらえる?」と言ってみたり、旅行を予約してみたり、様子がおかしい彼女の家にガラスを割ってまで入ったり、自分の仕事を休んで彼女の代わりに働いたり、お花をたくさん買ってきたり……行動の一つ一つが普段仏のフーシからしたらめちゃくちゃ勇気とエネルギーが要るはずのことで、かつ、ありがたい!と思って見てしまう。なぜ今までモテなかったのか不思議なくらいの優しさとアクティブさと素直さ。

不器用すぎて見ていてイライラするタイプの恋愛ものを見慣れてきてしまったせいかもしれないが、何をやっても何が起きても清々しいフーシのような主人公がもっといていいのにな、と思った。

どんなに周囲にいじめられようと、彼女に振り回されようと、43年間、地味に仏に確固たる人生を築いてきた人は強くて、しかもいつでも何でもできるチャンスを持っている。最後、いつも中で働くだけだった空港を旅行客として利用し、趣味のジオラマの舞台であるエジプトへ出発するフーシ。一緒に行こうと思っていた彼女はおらず独り。でも彼女の夢だった花屋の店舗を用意し、鍵を彼女のポストに入れて。離陸する飛行機の中でほんの一瞬微笑むフーシに、とても励まされるラストだった。